「裁判所」というと、どこまでも冷静で無機質なところをイメージするかもしれません。しかし家庭裁判所では人間の感情や人格に目を向けた判断が日々行われています。その中心として心理学を活かした仕事をするのが家庭裁判所調査官です。仕事内容や働き方、就職までの道のりなどをまとめました。

家庭裁判所調査官とは?
家庭裁判所調査官は国家公務員として家庭裁判所に所属し、事件の背景を調査したり話し合いのサポートを行ったりします。担当する案件は家事事件(離婚や認知など)と少年保護事件(いわゆる非行少年が起こした事件)です。
家庭裁判所調査官の仕事は専門性が高く、法学の他、心理学や社会学、教育学などの行動科学的な知見が必要とされています。いわば「家族と非行問題の専門家」です。
家庭裁判所調査官の仕事内容

具体的な専門業務は主に調査分析・報告・試験観察の3つです。
調査・分析
事件の背景や争いになった原因を調べます。事実関係の確認はもとより、家族間の関係や生い立ち、非行の動機や心理的な状況など、人間的な側面も重視します。
家事事件では当事者が冷静さを失っていることも少なくありません。そのためカウンセリングの手法を応用してスムーズな話し合いに導く技術も必要です。
少年事件では本人や保護者と面接を行う他、心理テストを行って性格傾向を把握しようとすることもあります。
非行を繰り返さないよう、または幸せな家族関係を築けるように行動科学的な視点を交えて検討します。ただ状況を整理するだけではなく、改善する方策を検討するのも重要な仕事です。当事者の気持ちを知り、適切な方向性を見いだすために心理学の知見は欠かせません。
報告・審判出席
調査した事実関係や所見、改善策などを報告書にまとめ、裁判官に提出します。審判に出席することもあります。
試験観察
家庭裁判所における少年事件の審判では、少年院送致や児童相談所送致などの処分を言い渡します。その決定を一定期間保留して様子を見ることがあり、これを試験観察といいます。この観察を担当するのが家庭裁判所調査官です。
試験観察でも心理テストやカウンセリングなどで態度の変化を把握したり、教育的な指導を行ったりします。
その他、事務方や他機関への窓口としての働きも
この他、行政機関である裁判所の職員としてさまざまな業務を行います。 研修や人事などの事務部門に就く人もいるでしょう。
調査は主任家庭裁判所調査官と3、4名の調査官によるチームで行います。裁判所事務官や書記官などの他部門、児童相談所や学校など外部機関との連携も必要です。チーム内外での折衝やとりまとめも大切な仕事になります。
家庭裁判所調査官のやりがいとつらさ

実際に現場で働いている家庭裁判所調査官は、仕事をどのように捉えているのでしょうか。職員が感じるやりがい
裁判所の採用情報によると、やりがいを感じるときとして次のような例が挙げられています。
「両親がこれ以上子どもにつらい思いをさせないような解決を探ろうと前向きに考えるようになったとき」
裁判所ホームページ「家庭裁判所調査官 先輩職員からのメッセージ」
「調査や審判を経て、少年の変化が感じられたとき」
人の成長を喜べる人は家庭裁判所調査官に向いているのかもしれません。
どんなところがつらい?
事件を扱うだけに、当事者と言葉を交わしながら日々の業務を進めていくことには、強い精神力が必要になるでしょう。
家庭裁判所調査官の声を集めた書籍には、次のような記載があります。
「人々の悲しみや怒り、絶望といった負の感情にさらされ、つらい思いをすることもよくあります」
「家裁調査官の仕事がわかる本」(法学書院)
「家裁調査官との関わり方を見て、「この子は寂しいのかな。」と感じて胸が痛むこともあります。」
調査に非協力的な子どもや家族もあり、忍耐強いコミュニケーション能力が求められます。前述のとおりチームワークも必要な職場なので、なるべく人と関わりたくないという人にとってはつらいかもしれません。
子どもの人生に少なからず影響を与える責任も背負わなければなりません。しかし、かえってやりがいを感じる人もいるのではないでしょうか。
家庭裁判所調査官の待遇
続いて、収入や福利厚生などの待遇について見てみましょう。
公務員として安定した立場
正職員の国家公務員なので、基本的にリストラや倒産はありません。安定した雇用の中で専門性を発揮し続けることができます。ただし部署異動や昇進で仕事内容が変わる可能性はあります。
気になる収入は?平均年収680万円
家庭裁判所調査官の採用試験には大学院卒業者とその他(大卒程度)2つの区分があります。2020年4月1日現在の初任給は次のとおりです。
院卒者区分 213,000円
大卒程度区分 195,500円
(行政職俸給表(一)より)
物価が高い大都市はこれに地域手当が付きます。例えば、東京23区の場合は20%加算され、院卒者の初任給は255,600円です(ちなみに裁判所の受験案内には給与の例としてこちらの金額が記載されています)。この他、住居手当(最高28,000円)や扶養手当(配偶者6,500円)、期末手当(いわゆるボーナス)基本給の4.5か月分/年などが付きます。
2年目はボーナスが満額支払われるとして、諸手当込みの年収は400万円前後になるでしょう。
人事院の調査(平成31年)によると、家庭裁判所調査官が適用される行政職俸給表(一)の平均給与月額は諸手当込みで41万1,123円です。ボーナスを含めると680万円前後の計算になります。平均年齢は43.4歳です。
民間給与の平均は441万円(平成30年)と比べて高収入といえます。
全国転勤がある

国家公務員総合職である家庭裁判所調査官には全国どこにでも転勤する可能性があります。職場や本人の状況にもよりますが、おおむね3年に1回の頻度で異動があるようです。
休暇は取りやすい?
公務員は全般的に民間企業と比べて休暇が取りやすい職場です。家庭裁判所調査官は多くの職場と同様、週休二日制であり、土日祝日は休みです。1年に20日間の有給休暇がもらえ、3日間の夏季特別休暇もあります。
プライベートとの両立という点では、全司法労働組合の「全司法新聞」(2019年12月・23号)に「都市部では、育児等による短時間勤務職員が多く」「育児中の女性職員が多い」などの記載がありました。育児と仕事を両立している人が多いことがうかがえます。
家庭裁判所調査官になるには
家庭裁判所調査官になるためには難関の試験をくぐり抜ける必要があります。
受験資格は?出身大学は関係あるの?
大卒者区分は21歳以上30歳未満であれば、学歴に関係なく受験できます。院卒者区分は名前のとおり大学院を修了するか、修了見込みの人が対象です。もちろん学歴不問である以上、出身大学の学部による制限もありません。
申し込みは4月上旬
申し込みは基本的にインターネットで行います。例年4月1日~9日頃に受け付け、試験日は1次試験が5月10日前後、2次試験が6月に開催されます。
2020年度は新型コロナウイルスの影響で2か月ほど繰り下げられました。
試験科目に心理学が含まれる
試験科目は次のとおりです。
- 基礎能力試験(いわゆる一般教養)選択式
- 専門試験 (次の中から2題を選択)
- ・心理学(3題)
- ・教育学(3題)
- ・福祉(3題)
- ・社会学(2題)
- ・法律学(2題)
- 政策論文試験 記述式
- 個別面接
- グループ面接
学歴不問とはいうものの、上記の学問領域を専攻した学生が多少有利になるでしょう。
採用試験は合格率1割程度の難関

2020年度の合格倍率は院卒者区分が9.4倍、大卒区分が7.7倍と、家庭裁判所調査官への切符を手に入れられるのは受験者の1割程度です。難易度の高い試験といえます。
必要に応じて試験対策に公務員予備校を活用しよう
試験を受けるチャンスは年に1回です。全力で取り組みたい人は公務員採用試験対策の予備校に通うのもよいでしょう。LECやクレアールには専門コースもあります。
インターンシップはあるの?
選考とは関係ありませんが、裁判所では家庭裁判所調査官志望者向けのインターンシップも行っています。内容は業務の説明や庁舎見学、面接の模擬体験、職員との座談会などです。詳しい仕事内容や職場の雰囲気を知りたい人は参加してみてはどうでしょうか。
開催場所は札幌や東京、名古屋、大阪、福岡などの他、2019年には金沢や滋賀県の大津でも行われました。
申し込みは裁判所のホームページから申込用紙(調査票と呼ばれています)をダウンロードして記入、返信用封筒とともに各裁判所へ送ります。
裁判所 インターンシップ
https://www.courts.go.jp/saiyo/internship/index.html
家庭裁判所調査官のキャリア
エリート公務員である裁判所調査官はどのようなキャリアを歩んでいくのでしょうか。
最初の2年間は研修
採用されたらすぐ実務にあたるわけではありません。入職して2年間は、 裁判所職員総合研修所で研修を受けます。そのうち1年間は配属された裁判所での実務修習です。ここでの身分は「家庭裁判所調査官補」です。 研修を修了すると「補」が外れて「家庭裁判所調査官」になり、面接調査などの実務にあたります。
臨床心理士や公認心理師の資格を取得する人も
家庭裁判所調査官になったり昇進したりするのに一般的な資格は必要ありません(主任になるためには内部の試験に受かる必要があります)。
スキルアップのために臨床心理士や公認心理師の資格を取る人もいます。働きながら大学院に通う人もいるでしょう。
公認心理師の受験資格を得るためには心理系の大学院を修了するか、大学で心理学を学んだ後に2年間以上の実務を経験しなければなりません。実務経験年数として数えられる職場はごく一部に限られており、その中の1つとして家庭裁判所が指定されています。
心理系の大学を卒業して家庭裁判所調査官補となり、実務経験を積んで公認心理師の資格を取得する人もいるでしょう。
心理学を究める
家庭裁判所に籍を置きつつ学会にも所属し、論文を発表する研究熱心な人もいます。現場に立ちつつ臨床心理学や犯罪心理学などの発展に貢献することが、非行の予防や家族の幸せにつながっていくかもしれません。
「臨床心理学とは?」という疑問について詳しく解説した記事はこちら
家庭裁判所裁調査官を目指す人におすすめの本
最後に家庭裁判所調査官に興味を持った人、もっと詳しく知りたい人、目指す人におすすめの本を紹介します。
仕事内容がわかるインタビュー集
「公務員の仕事シリーズ 家裁調査官の仕事がわかる本」法学書院編集部編 法学書院 2014年2月
若手~中堅職員へのインタビューや、試験のデータなどが掲載されています。仕事の内容やキャリアアップなど、全体像をつかむのによいでしょう。何度か改訂して版を重ねており、2020年10月現在、第4版が出ています。裁判所の協力によって作成されたことが影響しているのかどうかはわかりませんが、あまりネガティブなことは書かれていません。
臨場感が伝わる専門書
「虐待と非行臨床」 橋本和明 創元社 2004年8月
家庭裁判所調査官として20年以上のキャリアを持つ臨床心理士の著者が、虐待と非行の関係を分析した専門書です。事例もいくつか盛り込まれており、調査面接の様子なども、かいま見ることができます。家庭裁判所調査官のリアルな苦労が伝わるでしょう。著者が勤務中に受けた「トラウマ体験」についても語られています。電子書籍版もあります。
フィクションを楽しんでみる
「チルドレン」 伊坂幸太郎 講談社 2004年5月
「アヒルと鴨のコインロッカー」や「陽気なギャングが地球を回す」などで知られる作家の連作短編小説です。本書に収められた5編のうち、家庭裁判所調査官が登場するのは2編。他の3編は主人公が調査官になる前のエピソードです。どの話も意外なシナリオがテンポよく展開され、読み進めるごとに引き込まれていきました。クスッと笑えるユーモアも散りばめられています。楽しみながら家庭裁判所調査官の職場を見られる小説です。電子書籍版と文庫版もあります。
当事者に寄り添い考える家庭裁判所調査官

前述の「家裁調査官の仕事がわかる本」には、某裁判所の首席調査官のコメントとして次のような言葉があります。
子どもの身になり、あるいは親の身になって考え、「新しい家族の絆」のあり方を一緒に考えるのが家裁調査官です。
家庭の問題は複雑な感情がからみます。法律だけでは割り切れない部分が出てくることもあるでしょう。心理学やカウンセリングの知識・技能を使って当事者に寄り添った課題解決を目指すのが家庭裁判所調査官です。仕事に就くまでには高いハードルを超えなければなりませんが、公務員としての安定した立場で専門性を追求できる魅力的な職業といえます。