「臨床心理学ってどんなことを勉強する?」「どんなふうに役立つ?」「どうすれば学べる?」などの疑問に答えようとする記事です。私たちをとりまく環境は日々変化しており、それにともなって個人の価値観や人間関係も、複雑・多様化の一途をたどっています。その中にあって、人間を「全人的に」みて、共に明日の生き方を考える臨床心理学の役割は、いっそう増してきていると言えるでしょう。
臨床心理学とは?
臨床心理学とは、一言で表すならば「心の健康を目指す学問」です。弱っている人の力になったり、苦しみを未然に防いだりするための実践の学問と言えます。ただし医学と違い、症状を切り取って診断するのではなく、「人間を全人的にとらえ、考えようとする試み」によって、良い方向に向かっていこうとします。
教育心理学や家族心理学などの実践的な心理学を臨床「系」心理学とまとめて呼ぶこともあります。臨床心理学は臨床系心理学の中の一分野です。臨床系心理学と実験系心理学の区別についてはこちらの記事をご覧ください。
全人的とはどういうことか
「全人的に考え、理解する」とはどういうことで、何をもたらすのでしょうか。
今、私たちは、日々複雑化する社会の中で、人間としての在り方、生き方が根本から問われるような過酷な環境にさらされています。とりわけ身近に感じる重要な関心事、ないし課題ともいうべきものは、自分とそれ以外の誰かとの関係性をめぐるものではないでしょうか。毎日のようにメディアで報道される悲しい事件も、そのほとんどが人間関係に起因するものです。
たとえ衣食住が事足りていても、一人で生きられる者はいません。一方で、たとえ困難な出来事に直面してつらい思いをしていても、そこからはい上がろうとする力は誰もが奥底に秘めているものです。自分のことを多面的に知ろうとし、抱えているしんどさや生きにくさに辛抱強く付き合ってくれる伴走者がいれば、それは確かな強さをもって発揮されます。臨床心理学では、このような他者との安定した関係性を基礎としながら、主体的に自分の人生を生きるための場を提供するための理論や方法を学びます。
過去・未来、さまざまな人間関係における自分、悲しいとき嬉しいとき、心と体、意識と無意識。全てひっくるめて一人の人間の営みとして理解する。これが「全人的理解」です。臨床心理学を学んだ者が理解しようと寄り添うことで、相手は強く生きていくための力を表に出していきます。
臨床心理学における具体的な学習・研究内容
人間理解を目指す臨床心理学では、学ぶべき領域は幅広くあります。代表的なものを中心にお伝えします。
①発達臨床
まず、乳幼児期からやがて迎える人生の終わりに至るまでの発達臨床についてです。その人の生育環境や物事の捉え方を理解しようとする上で役立つもので、フロイトやピアジェ、エリクソンによる説が有名です。
これまで、人間が誕生してから成長に従って環境を認知する過程や、その年齢や年代で遭遇する人生の課題、親子の関係について、さまざまな研究がなされ、知見として積み重ねられてきました。
②心理療法
そして、臨床心理学と聞いて第一に思い浮かぶものとして挙げられるであろう、カウンセリング、つまり「心理療法」があります。精神分析療法、分析心理学、認知行動療法、クライエント中心療法などさまざまな療法がありますので、体系的に学びながら、自分にあったもの、自分が信頼できるものについて、学会や研修に参加しながら学びを深めていくことになるでしょう。
なお、いずれの心理療法も、相手との間に安定した人間関係を築き、心理的に援助していくための営みとの考えが基本にあります。「療法」と言っても、決してカウンセリングを行う側が相談にきた人間を治療するわけではなく、あくまでも援助であるという認識が大切です。
③心理検査
その人を理解するための一つのツールとして、各種心理検査があります。知的発達能力の水準を理解するための知能検査をはじめ、心の状態や外界の認知の仕方の手掛かりとするさまざまな検査があります。臨床現場では多くの検査が使われていますので、技術や知識に習熟しておくことは大切ですが、あくまでもその人のある側面を切り取ったものにすぎず、万能ではないことも同時に心に留めおく必要があります。
④精神医学
うつ病や統合失調症などの精神疾患を扱う精神医学の知識も重要です。医療は「症状の除去」を、臨床心理学では「人格の成長」を目指すとされています。しかし、それらは相反するのではなく、症状の改善のために相乗的に関われるものです。そのためにも医学的な知識や薬の作用機序(人体への効果を発揮する仕組み)の理解などは必要ですし、医師ら医療職との連携の仕方を、現場での実習を通して学んでおくことも大切です。
精神医学は心理学の一領域に位置づけられるものではありませんが、臨床心理学を学んでいくのであれば避けて通れない道であると言えるでしょう。
臨床心理学を活かす仕事
上記のような研究内容を具体的に活かす場面については、こちらの記事「臨床心理学を実社会で活かす5つの領域」をご覧ください。
臨床心理学を学ぶ方法
臨床心理学は「人間関係を楽にしたい」といった身近な課題解決から、「カウンセリングで困っている人を援助する」といった専門分野の実践まで、幅広く役に立つ学問です。目指すレベルによってさまざまな学び方があります。
セミナーに参加する/書籍で独学する
特定の資格取得が必要無いのであれば、専門家が開催しているセミナーなどに参加して学ぶこともできます。臨床心理学の大家とされている学者、研究者による良書も多く出版されていますので、独学も可能です。「自己理解を深めたい」、「人間関係をもっと楽に捉える方法を知りたい」といった問いに答えてくれる一冊にも出会えるでしょう。
「『臨床心理学についての本』を紹介する本」もあります。
臨床心理学ブックガイド―心理職をめざす人のための93冊 下山晴彦(編著 ) 金剛出版
大学で基礎から体系的に学ぶ
臨床心理学を体系的に学ぶには、心理学に関連した学科・コースのある大学や短期大学に進学することがオーソドックスな方法になります。先ほど紹介した発達臨床、精神医学、心理療法の他、一般的に心理統計など基礎心理学に関することもカリキュラムに含まれていますので、「臨床心理学の実践のためにどんな学びが必要なのか」ということがはっきりとつかめるでしょう。国家資格である公認心理師の受験資格を得るためには、基本的に大学でこれらのカリキュラムを履修する必要があります。
専門家を目指すなら大学院へ
さらに学びを深めたい人や、臨床心理士・公認心理師の資格取得を目指すのであれば、大学院への進学を視野に入れることになります。こちらでは、実際にカウンセリングのケースを担当するなど、実習、実践も本格的になります。ケース会議への参加や修士論文の作成など、研究にも注力しなければならないので、かなり忙しい時期を過ごすことになるでしょう。
一人の人間として理解しようとすることが相手の力になる
臨床心理学とは、一人の人間を全人的にとらえ、理解しようとする試みや研究の積み重ねで成り立っている学問です。研究内容としては発達臨床や精神疾患、そして臨床現場で多く使用される心理検査、心理療法などがあります。臨床心理士や公認心理師などのような資格取得や体系的な学習を目的とする場合は、大学や大学院で学ぶことになるでしょう。自己理解や、身近な問題についての解決方法を知ることが目的なのであれば、民間のセミナーなどに参加して学んだり、独学で書籍にあたったりすることもできます。書店や図書館で、「コレは面白い!」と思える一冊を探してみてはいかがでしょうか。
参考文献
臨床心理学―全体的存在として人間を理解する (いちばんはじめに読む心理学の本) 伊藤良子編著 ミネルヴァ書房 2009年1月