心理学には基礎心理学と応用心理学の2つに分類する考え方があります(「心理学の魅力とは……」という記事を参照)。もう一つの分け方として「実験系」と「臨床系」もポピュラーです。少し専門的な話も交えつつ、両者の違いをお伝えします。
実験系心理学って?どんな風に活かせる?
実験心理学は基礎心理学に近い意味を持ちますが、研究手法に着目した分け方です。大学や大学院の専攻では、実験系と臨床系に分かれることがよくあります。実験系は、研究者を目指す人が選択することが多いようです。
実験系心理学とは
実験系心理学は、その名のとおり、実験的手法によって、心の法則性を明らかにしようとする分野です。実験には、数名の学生を対象として実験室で行うものから、国中から参加者を募って大規模に行うものまでさまざまなものがあります。
あくまでも研究手法による分類なので、必ずしも一般的に学会や書籍、大学などで分類される◯◯心理学とは一致しません。いうなれば、実験系心理学とは、実験心理学という、横断的な(さまざまな心理学の分野と接点を持つ)ひとつの分野なのです。
冒頭に挙げた「基礎心理学と応用心理学」という分け方に比べると、いくぶん「ふわっとした」印象だと思います。ただ、厳密に区別しないのであれば、実験系心理学≒基礎心理学と考えても差し支えないでしょう。
実験的手法が多用される分野の代表は認知心理学です。他にも社会心理学や発達心理学、比較心理学などにおいて使われています。
実験系心理学のキーワードは「統計」と「統制」
実験系心理学では、自然科学的なものの見方が重要とされます。つまり、多くの現象を観察し、その中から共通する点や違っている点、関係のありそうな部分を見つけていく研究方法です。
心理学においては、人や動物の行動を観察したり質問をしたりして、その違いや共通点から、心の動きに関する何らかの法則性を見つけ出そうとします。
実験心理学において外せない重要な要素が「統計」と「統制」です。
自然科学では、客観的な測定のもとで自然法則を明らかにするため、統計学を使った数量的解析方法が用いられます。誰がやっても、いつやっても、条件が同じなら、同じ結果にならなければなりません。「行う人やタイミングが違ったら別の結果になる」というのでは、法則とはいえないでしょう。このような再現性は、科学的な考え方をするうえでとても重要です。
この統計をとるうえでの条件を可能な限りコントロール(統制)しながら行うのが実験です。例えば「照明の明るさが作業量にあたえる影響を調べる」のであれば、照明を暗くしたA部屋と、明るくしたらB部屋で、それぞれ何人かに作業をしてもらいます。現実の環境には無数の違いがあるため、その影響をなくすためです。
このように、多くの人の行動から一般的な法則を導き出す研究方法を「法則定立的方法」といいます。
ちなみに法則定立的方法には、実験的手法の他に、社会調査的方法があります。人々を地域や属性などでグループ分けし、アンケート調査などを行って結果を統計的に分析する手法です。統制しない分、調査対象の数を大規模にし、調査の質を担保しようとします。
地域の数万人を対象にした大規模研究、数十年にわたって追跡した縦断的研究などのスタイルがあります。
実験系心理学はどこで学べる?
実験心理学は、心理学が学問であることの証ともいうべき、重要な分野です。最初に心理学実験室をつくったヴントが心理学の父といわれていることからみても、わかるのではないでしょうか。
実験には科学的なものの考え方を理解しなければならず、場合によっては専用の器具や統計ソフトを使います。本格的に学びたいのであれば、大学か大学院に行く必要があります(というか、それ以外に手段はないと思います。)。
カルチャースクールの心理学講座や、カウンセリングのスクールで教えていることは、ほとんどありません。
逆にいえば、心理学の基本的な部分なので、どこの大学でも学ぶことができます。もしも、特に実験心理学を究めたいというのであれば、著名な教授がいるところを狙うとよいでしょう。2019年現在、実験心理学系の著者がいる大学としては、福島大学(筒井雄二博士)、立正大学(齊藤勇博士)、東京大学大学院(南風原朝和博士)などがあります。
どのような仕事で実験系心理学を活かせる?
実験系心理学は、心理「学」を学問足らしめている根っこの部分です。よく理解すれば、心理系のどの仕事にも活かすことができるでしょう。特に直接的に活かせるのは、研究的な分野です。大学院で研究を続けて学者を目指したり、医療系の研究施設などで研究職として働くことが考えられます。
臨床系心理学を学んで、目指せセラピスト
カウンセラー(セラピスト)を目指して大学や大学院に行く人は、臨床系心理学を選択するのが一般的です。
現場重視の臨床系心理学
臨床系の臨床は、「床」に「臨む」と書きます。床とは病床をイメージするとわかりやすいでしょう。臨床医とは、患者と実際にかかわる医師のこと。同様に、臨床系の心理学者は、セラピーやカウンセリングを必要としている人(クライエント)とかかわりあい、その支援を行っていく中で、研究を深めていきます。
このように、ひとりひとりの様子や行動を観察し、理解しようとする研究法を、「個性記述的方法」といいます。この方法は質的研究法とも呼ばれ、主に事例研究が用いられます。
事例研究とは、セラピーやカウンセリングなどの経過を記述した資料を丹念に読み込み、「クライエントは何がいいたいのか」「このあとどう関わっていくべきか」「この応答にはどのような意味があったか」などを検討していくことをいいます。
大学院で行う研究だけでなく、カウンセラーを養成するための多くの指導場面で用いられます。
臨床系心理学には臨床心理学、カウンセリング心理学、臨床発達心理学、教育心理学などがあります。ただこれらの全てが個性記述的方法で行われるわけではなく、実験や社会調査のような、法則定立的方法が用いられることもあります。
臨床系心理学はどこで学べる?
本格的に学びたいのであれば、大学や大学院、公認心理師を目指す専門職大学院などで臨床心理学を専攻したり、ゼミナールを受講したりする必要があります。
著名な臨床心理学者がいるところとして、東京大学大学院(下山晴彦博士、丹野 義彦博士)などがあります。
他にも、大学の研究室が心理の仕事をしている人一般向けに特別講座を開いているケースもあります。
臨床心理学というくくりはなくても、カウンセリングや心理療法を教える講座は、たくさんあります。広い意味では、臨床系心理学の一部を学べるといってよいでしょう。
「臨床心理学とは?」という疑問について詳しく解説した記事はこちら
どのような仕事で臨床系心理学を活かせる?
臨床系心理学を活かせる仕事の代表は、臨床心理士や公認心理師として心理検査、心理カウンセリングなどを行うことです。他にも、開業カウンセラーとして活躍したり、国家公務員・地方公務員の心理職として働く道があります。
心理専門職として働くのであれば、臨床心理学の質的研究だけすればよいというわけではありません。特に医療領域を中心にエビデンス(客観的証拠)が求められており、臨床にも法則定立的方法の理解が必要です。
「わかる」には2種類ある
なぜ心理学の研究方法は、2種類に分かれるのでしょうか。
学習院大学の学長を務めた心理学者の永田良昭氏は 「心理学とは何なのか」 氏は、著書「心理学とは何なのか」で次のように書いています。
「ものごとの理解の仕方には、『論理的な説明による理解』と、『共感、了解という、必ずしも理解した内容や理解に至る過程を理詰めで説明できるとは限らない理解』の二つが区別できる」
永田良昭 「心理学とは何なのか」中公新書
前者の論理的な説明をしよとするのがこの記事でいうところの実験系心理学、後者の共感や了解で説明しようとするのが臨床系心理学、というわけです。
仕事を想定して学ぶ心理学の系統を選ぶのであれば、次のように考えるとよいでしょう。研究者など理詰めで考えるのが得意な人は実験系心理学、相手と関わりながら支援していきたい人は臨床系心理学を選ぶ。
どのような仕事につくのであれ、学ぶ内容に興味を持てることを大事にしていただきたいと思います。
参考書籍
実験心理学: 心理学の基礎知識 筒井 雄二 2013年4月 八千代出版
実験心理学-なぜ心理学者は人の心がわかるのか? 齊藤 勇 2012年10月 ナツメ社
心理学研究法入門―調査・実験から実践まで 南風原 朝和(編集) 2001年3月 東京大学出版会