神経・生理心理学は、脳や神経、身体の反応と、記憶・感情・行動などの心の働きとの関係を研究する心理学です。「心理学を学びたいのに、脳の部位や神経細胞まで覚える必要があるのだろうか」と疑問に思う人もいるでしょう。しかし、神経・生理心理学は脳の名称を暗記するだけの科目ではありません。「心が働くとき、脳や身体では何が起きているのか」を、観察や測定によって明らかにしていきます。
この記事では、神経心理学と生理心理学の違い、大学で学ぶ内容、主な研究方法、心理職の仕事との関係を初心者向けに解説します。脳画像や生理反応から分かることの限界や、学習の進め方も紹介します。
【神経・生理心理学とは?脳・身体・心のつながりを学ぶ】
神経・生理心理学とは、脳や身体と心の関係を研究する心理学
神経・生理心理学は、心の働きや行動を、脳神経系の活動や身体に表れる生理反応と関連づけて研究する分野です。
私たちは、緊張すると心拍が速くなったり、手に汗をかいたりします。昔の出来事を思い出すときには、記憶に関係する脳の仕組みが働きます。このように、心の働きは脳や身体から切り離されているわけではありません。
日本生理心理学会は、生理心理学を、生理学的な方法によって心の働きや行動の仕組みを解明しようとする実証的な科学と説明しています。研究対象は、感覚、知覚、注意、睡眠、学習、記憶、情動、動機づけ、言語など多岐にわたります。
一方、神経心理学は、脳と認知・行動の関係を扱います。とくに、脳の損傷や病気に伴って記憶、言語、注意などがどのように変化するかを調べることは、脳の仕組みを理解するとともに、診断や支援を考える手がかりになります。
神経・生理心理学は、心理学だけで完結する分野ではありません。神経科学、生理学、医学、リハビリテーションなどとも接点を持つ、学際的な領域です。
神経心理学と生理心理学は何が違うのか
神経心理学と生理心理学は、どちらも脳・身体と心の関係を研究します。ただし、主に何を手がかりにするかに違いがあります。
神経心理学は脳と認知・行動の関係を研究する
神経心理学では、脳の状態と、認知や行動の変化との関係を調べます。ここでいう認知とは、見る、聞く、覚える、言葉を使う、注意を向ける、計画を立てるといった心の働きです。
たとえば、脳の病気や事故の後に「言葉が出にくくなった」「予定どおりに作業を進められなくなった」といった変化が生じることがあります。どのような損傷によって、どのような認知・行動上の変化が生じるのかを検討することで、脳の働きと本人の困りごとの両方を理解します。
生理心理学は心の働きに伴う身体・脳の反応を測定する
生理心理学では、心理的な課題や刺激に対して、脳や身体にどのような変化が表れるかを調べます。
たとえば、人前で話すことを想像したときに、心拍、発汗、呼吸などが変化することがあります。音や画像に注意を向けたときには、脳波などに一定の変化が表れる場合もあります。このような反応を数値として記録し、課題中の行動や本人の回答などと照らし合わせます。
両者の境界は完全に分かれているわけではない
神経心理学と生理心理学は、教科書上では区別して説明できます。しかし、実際の研究領域は重なり合っています。脳波や脳画像を使って認知機能を調べる研究もあれば、脳損傷のある人の認知機能を課題や検査によって調べる研究もあります。
そのため、「神経心理学は脳、生理心理学は身体」と単純に二分するのは正確ではありません。両者とも、異なる手がかりを使いながら、脳・身体・心・行動の関係を明らかにしようとしています。

神経・生理心理学では何を学ぶのか
公認心理師の養成課程で学ぶ内容を確認すると、この分野の全体像がつかみやすくなります。2026年5月13日付の厚生労働省・文部科学省の通知では、大学の「神経・生理心理学」に含まれる事項として、次の3点が示されています。
- 脳神経系の構造及び機能
- 記憶、感情等の生理学的反応の機序
- 高次脳機能障害の概要
脳神経系の基本的な構造と機能
最初に学ぶのは、脳や神経系の全体像です。神経系は、大きく中枢神経系と末梢神経系に分けられます。中枢神経系には脳と脊髄が含まれ、末梢神経系は中枢と身体の各部を結びます。
さらに、大脳、小脳、間脳、脳幹などの構造や、ニューロンと呼ばれる神経細胞、神経細胞間で情報を伝えるシナプスなどを学びます。自律神経系や内分泌系も、感情やストレス反応を理解するうえで重要です。
ただし、「一つの脳部位が一つの心の働きを単独で生み出す」と考えるのは適切ではありません。多くの心理機能には、複数の領域からなるネットワークが関係します。脳の部位と機能の対応は、学習の入口としては便利ですが、固定的に結びつけないことが大切です。
記憶や感情などが生じる生理学的な仕組み
神経・生理心理学では、感覚、知覚、注意、記憶、感情、睡眠、動機づけなどを、脳や身体の働きと関連づけて学びます。
たとえば、危険を感じたときには、脳内の情報処理だけでなく、自律神経系や内分泌系を介した身体反応も生じます。心拍が速くなる、呼吸が浅くなる、汗をかくといった変化です。
この知識は、「不安は気の持ちようだ」といった単純な理解を避けるうえでも役立ちます。一方で、生理反応が生じたからといって、その人が必ず不安を感じているとは限りません。運動、気温、薬、体調などによっても心拍や発汗は変化するため、状況を含めて解釈する必要があります。
高次脳機能障害の基礎
高次脳機能障害は、病気や事故などによる脳損傷に関連して、認知機能に障害が生じた状態です。国立障害者リハビリテーションセンターは、学術用語としての高次脳機能障害には、失語、失行、失認のほか、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などが含まれると説明しています。
症状は外見から分かりにくいことがあります。たとえば、身体は問題なく動かせても、新しい予定を覚えにくい、作業の手順を組み立てられない、感情を調整しにくいといった困難が生じる場合があります。
神経・生理心理学では、症状名を暗記するだけではなく、認知機能の変化が本人の日常生活や社会生活にどのような影響を及ぼすかを考えることが重要です。
心や脳の働きをどのように調べるのか
心そのものを、定規のような道具で直接測ることはできません。そのため、神経・生理心理学では、脳活動、身体反応、課題への回答や行動など、複数の指標を使います。
脳波・fMRI・fNIRSなどで脳の状態や活動を調べる
脳波(EEG)は、頭皮に電極を置き、脳の神経活動に伴って生じる電位の変化を記録する方法です。短い時間に起きる変化を捉えやすい点に特徴があります。
fMRIは、神経活動に伴う血液中の酸素化状態の変化を利用して、脳活動に関連する信号を捉えます。fNIRS(機能的近赤外分光法)は、近赤外光を用いて、大脳皮質付近の血中ヘモグロビン濃度の変化を測定します。
これらは、同じ「脳を調べる方法」でも、測っている現象や得意なことが異なります。とくにfMRIやfNIRSは、思考や感情そのものを撮影しているわけではありません。課題の実施に伴う血流・酸素化などの変化を手がかりに、脳活動を推定しています。
日本心理学会の解説では、脳波、fNIRS、脳磁計、fMRIのほか、皮膚電位、心電位、筋電位、皮膚血流、呼吸、血圧、瞳孔径などが、生理心理学の測定対象として挙げられています。
心拍・発汗・呼吸などから身体反応を調べる
心拍や心拍間隔、皮膚電気活動、呼吸、血圧、筋電位、瞳孔径などは、覚醒や注意、ストレスなどと関連して変化します。
ただし、一つの指標だけで心の状態を断定することはできません。心拍数の上昇は、不安だけでなく、運動、興奮、発熱などでも生じます。研究では、実験条件を整え、複数の指標や行動データを組み合わせて検討します。
神経心理検査で認知機能の特徴を調べる
神経心理検査では、質問への回答や課題の遂行を通して、記憶、注意、言語、視空間認知、遂行機能などの状態を評価します。
神経心理検査は、MRIのように脳の形を撮影する検査ではありません。課題に対してどのように反応したか、どのような誤りがあったか、日常生活でどのような困難が生じているかなどを手がかりにします。
検査得点だけで病名や脳の損傷部位を機械的に決めるわけでもありません。年齢、教育歴、疲労、感覚・運動機能、意欲、言語的背景などの影響を考慮し、面接、行動観察、医学的検査などと組み合わせて判断します。

脳画像や生理反応から心の状態はどこまで分かるのか
脳画像や生理指標は、心の仕組みを研究するための重要な手がかりです。しかし、画像や数値だけを見て、個人の性格、考えている内容、精神疾患などを正確に読み取れるわけではありません。
ある集団を調べた研究で平均的な違いが見つかっても、その結果が直ちに一人ひとりの診断に使えるとは限りません。同じ診断を受けた人の中にも個人差があり、異なる診断の人や診断のない人との間で測定値が重なる場合があるからです。
神経発達症についても、脳画像研究やバイオマーカー研究は進んでいますが、研究上の判別と、通常の診療で個人を診断できることは別です。たとえば、日本小児科学会が公開する注意欠如多動症(ADHD)の診断・治療に関する資料では、診断は生育歴・発達歴、面接、行動観察、学校等の評価などをもとに行い、脳波・脳画像・血液検査などは他の病態の除外に用いると説明されています。
したがって、「MRIを撮ればADHDが画像として見える」「血液検査だけで診断できる」とは考えないほうがよいでしょう。脳や身体の測定値は有用な情報になり得ますが、何を測っているのか、どの程度確かに解釈できるのかを理解して扱う必要があります。
神経・生理心理学は心理職の仕事でどう役立つのか
神経・生理心理学の知識が比較的直接使われるのは、病院やリハビリテーション施設などです。
医療・リハビリテーション現場での神経心理学的評価
脳血管障害、脳外傷、神経疾患、認知症などがある人には、記憶、注意、言語、行動などの変化が生じることがあります。心理職は、勤務先や担当業務に応じて、神経心理検査や行動観察を行い、本人がどのようなことに困っているのかを整理します。
たとえば、ある人が仕事の手順を間違えるようになったとします。このとき、本人の「やる気がない」と決めつけるのではなく、注意、記憶、遂行機能などのどこに困難があるのかを検討します。検査場面で課題ができるかどうかだけではなく、実生活で何が起きているかを見ることも欠かせません。
東京都立病院機構の心理部門では、心理職の業務として、神経心理学的評価、認知機能訓練、心理療法などが紹介されています。神経病院では、入院患者と家族を対象とした心理検査・評価や心理療法・相談を行い、神経心理検査を主体としていることも示されています。
評価した内容は、必要に応じて医師、看護師、作業療法士、言語聴覚士などと共有され、治療やリハビリテーション、退院後の生活支援を考える材料になります。ただし、心理職の担当範囲や検査の実施体制は、施設によって異なります。
心理職の実際の働き方については、「心理職として就職後に感じたギャップ」も参考にしてください。
心理支援や心理教育に生理学的知識を生かす
神経・生理心理学は、検査を実施しない心理職にも役立ちます。不安、ストレス、睡眠不足などに伴う心身の反応を理解していれば、相談者の体験を心理面だけに限定せずに捉えられます。
また、本人や家族に対して、症状や反応の仕組みを分かりやすく伝える心理教育にもつながります。ただし、一般的な仕組みを説明することと、個人の状態を診断することは別です。身体症状がある場合には、心理的な原因だと決めつけず、必要に応じて医療機関との連携を検討します。
公認心理師を目指す人が神経・生理心理学を学ぶ意味
神経・生理心理学は、公認心理師法施行規則に定められた、大学における必要科目の一つです。
この科目は、心理的アセスメント、健康・医療心理学、人体の構造と機能及び疾病、精神疾患とその治療などにもつながります。心理検査の結果を適切に理解するには、認知機能や脳の働きについての基礎知識が必要です。医療分野で多職種と話し合う際にも、脳や身体に関する基本用語を理解していることが助けになります。
一方、公認心理師を目指す人全員が、脳画像研究や神経心理学を専門にするわけではありません。大切なのは、脳の知識だけで人を説明しようとしないことです。生物学的な要因に加え、本人の心理状態、生活環境、人間関係、文化的背景などを含めて理解する姿勢が求められます。
公認心理師になるまでのルートについては、「公認心理師の受験資格はややこしい?3つのパターンに分けて解説」も参考にしてください。
初学者が神経・生理心理学を勉強する順番
神経・生理心理学は専門用語が多いため、最初からすべてを細かく暗記しようとすると、知識同士のつながりを見失いやすくなります。次の順番で学ぶと、全体像を整理しやすくなります。
1.神経系の全体図をつかむ
まず、中枢神経系と末梢神経系、大脳・間脳・小脳・脳幹、自律神経系などの大きな区分を確認します。この段階では、細かな部位を完全に覚える必要はありません。
2.構造・機能・行動をセットで学ぶ
次に、脳や神経の構造が、どのような機能と関係しているのかを整理します。「海馬=記憶」と一語で暗記するのではなく、どのような記憶に関係するのか、他の領域とどう連携するのかまで少しずつ広げます。
3.具体的な検査や障害から学び直す
高次脳機能障害や神経心理検査の具体例に触れると、基礎知識が実際の生活や支援と結びつきます。「この部位の名前は何か」だけではなく、「この機能が低下すると生活上どのような困難が生じるか」を考えてみましょう。
4.自分の言葉や図で説明する
用語を見て分かったつもりになるのではなく、図を見ずに神経系の全体像を書いたり、測定方法の違いを説明したりすると理解度を確認できます。大学の試験や資格学習でも、似た概念を比較して整理する方法が役立ちます。

神経・生理心理学についてよくある質問
Q1.神経・生理心理学は暗記が中心の科目ですか?
A. 基本的な構造や用語の暗記は必要ですが、暗記だけの科目ではありません。脳や身体の働きが、記憶、感情、行動などとどう関係するかを理解することが中心です。「構造・機能・行動」を関連づけて学びましょう。
Q2.神経心理学と脳科学は同じですか?
A. 重なる部分はありますが、同じではありません。脳科学は脳を研究するさまざまな分野を含む広い言葉です。神経心理学は、その中でも脳の状態と認知・行動との関係を心理学的に研究・評価する領域です。
Q3.公認心理師は脳画像検査を実施しますか?
A. MRIやfMRIなどの医学的な画像検査は、通常、医療機関の専門職が担当します。公認心理師や心理職は、勤務先によって神経心理検査や認知機能の評価を担当することがあります。具体的な業務範囲は施設によって異なります。
Q4.脳画像や血液検査で神経発達症を診断できますか?
A. 現時点の一般的な診療では、単一の脳画像検査や血液検査だけで神経発達症を確定診断する方法は確立していません。診断では、生育歴、本人や家族から得られる情報、行動観察、心理検査などを総合します。医学的検査は、他の病気の可能性を調べるために行われることがあります。
まとめ
神経・生理心理学は、脳や神経、身体の反応と、記憶・感情・行動などの心の働きとの関係を研究する心理学です。
神経心理学は脳と認知・行動との関係に焦点を当て、生理心理学は心理的な課題に伴う脳や身体の反応を測定します。ただし、両者の研究領域は重なっています。
この分野は、公認心理師の養成課程における必要科目であり、高次脳機能障害の理解、神経心理学的評価、心理教育、多職種連携などの基礎になります。同時に、脳画像や生理指標だけで人の心や診断を単純に決められないことを理解するのも、大切な学習内容です。
初学者は、まず神経系の全体像をつかみ、構造・機能・行動を関連づけてから、障害や検査の具体例へ進むと理解しやすくなります。
参考文献・参考資料
- 厚生労働省・文部科学省「公認心理師法第7条第1号及び第2号に規定する公認心理師となるために必要な科目の確認についての一部改正について」2026年5月13日
- e-Gov法令検索「公認心理師法施行規則」
- 日本生理心理学会「日本生理心理学会について」
- 日本心理学会『心理学ワールド』101号「脳科学の領域から―生理心理学再訪」
- 日本神経心理学会「日本神経心理学会」
- 国立障害者リハビリテーションセンター「高次脳機能障害を理解する」
- 東京都立病院機構「心理部門」
- 日本小児科学会「注意欠如多動症(Attention-deficit/hyperactivity disorder:ADHD)」

